Greetings

センサリーアウェアネス・ジャパン 代表  齊藤 由香(Yuka Saito)
理事 村川治彦(Haruhiko Murakawa)関西大学 人間健康学部准教授
理事 山地弘起(Hiroki Yamaji)長崎大学 教育心理学教授
理事 杉田とも(Tomoko Sugita) フェルデンクライス・プラクティショナー
アドバイザー 澤口裕二(Yuji Sawaguchi)士別市立病院療養病棟担当医師 診療部長
アドバイザー 黒田有子(Yuko Kuroda)エサレンボディワーク・プラクティショナー

 

【センサリーアウェアネス・ジャパン代表】

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齊藤 由香
Yuka Saito

このたび、多くの方がたとのご縁とご支援をいただき、センサリーアウェアネス・ジャパン代表をつとめさせていただくことになりました齊藤由香です。

代表、というからには、センサリーアウェアネス歴が相当長い、あるいはセンサリーアウェアネスについてとてもよく知っている、と思われる方もいらっしゃる かもしれません。けれども、わたしがこのワークに出会ったのは 2006 年ですから、今からほんの数年前のことです。それまで、わたしは、からだの感覚に注意を向けるなどということは聞いたこともありませんでした。

今でも、はじめて参加したセンサリーアウェアネスのワークショップのことを、とてもよく覚えています。 3 日間のワークショップのあいだ、わたしは、とても真剣に、とにかく集中して、がんばりました。それにもかかわらず、結局さいごまで感覚に注意を向けるとい うことがほとんどできませんでした。ですから、ワークの最終日、いよいよ最後という時に、ジュディスから「今のあなたは何を感じていますか?」と問われた とき、わたしは本当に困ってしまいました。他の参加者たちは思い思いに自分の感じを発表してゆきます。他の人の経験を聞いて「あぁ、わたしも」とうなずく 参加者もいます。でも、わたしには、まったくピンとこないのです。

わたしはがっかりして、誰とも目が合わないようにうつむき、とにかく早くこの時間が終わってくれないかな、とこころの中で考えていました。しばらくして、 そろそろ終わりかなと思いふと眼をあげると、まずいことにうっかりとジュディスと目があってしまいました。ジュディスは興味深そうな目でわたしをじっと見 ています。それにつられるように、何人かの参加者もわたしの方を見ていることが感じられます。それまでの 3 日間、ほとんど発言することのなかったわたしは、まずいな、今回こそは何か言わなければならないな、と居心地の悪さを感じながら、何とか言葉をひねりだそ うとしました。そして、ようやく決心して、正直にこう答えました。「3 日間もこのワークをやってみたけれど、やっぱりよく分からないし、感じることもできません。たぶん、このワークはわたしには向いていないんだと思います」 「そう?」とジュディスは答えました。そして「それって、どんな感じなの?」と問いかけました。そこでわたしは、また居心地が悪くなるほどの時間黙って考 えた後、「…胸とお腹のあたりに小さな蝶々がいて、それがヒラヒラとせわしなく飛び回っているような感じです」と答えました。それを聞いたジュディスは にっこり笑って「なら、その蝶々、大事にしてね」とだけ答えたのです。

これがわたしの初センサリーアウェアネス体験です。なんだか禅問答みたいですよね。そんなわたしが、こうしてセンサリーアウェアネス・ジャパンの代表として、皆さんにごあいさつさせていただくことになるとは、その当時は夢にも思いませんでした。

それにしても、センサリーアウェアネスでは、いったいなぜ、からだの感覚に注意を向けるのでしょうか?なぜ、それがわたしたちにとって、それほど大切なこ となのでしょうか?それに、なぜ感じられた感覚を言語化しようとするのでしょうか?言語化は、かならず必要なのでしょうか?この問いについて、わたしはだ んだんと自分なりの答えがみえてきたように思います。でも、まだ完成した答えではありません。これから時間と経験とをみなさんと共有するなかで、この問い についてもっと向き合っていきたいと思っています。

長いごあいさつになりました。ここまで読んで下さって、ありがとうございます。今後、皆さんとお目にかかれること、こころから楽しみにしております。

どうぞよろしくお願いいたします。


【理事】

ハルさん写真村川治彦
Haruhiko Murakawa
関西大学 人間健康学部准教授
元日本トランスパーソナル心理学/精神医学会会長

「あるがままの存在への好奇心」
僕にとってセンサリー・アウェアネスは、今ここにある自分がどのように感じ、振る舞い、存在しているかを自由に、軽やかな好奇心をもって探る、身をもって行う「実験」です。

何かをしようとか変えようとするのではなく、一瞬一瞬変化する今ここの体験とじっくりと一緒にいることで、ただここにある自分の広がりと深まりを味わいます。

それは、日々の生活のあらゆる瞬間に自らに問いかける、生きる姿勢そのものです。

ヨーロッパで生まれ「American Soul」の精髄に触れて深化したセンサリー・アウェアネスが、より多くの日本の方々の魂に触れ、「人間全体についてのワーク」が広がっていくことを心から嬉しく思います。

 

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山地弘起
Hiroki Yamaji
長崎大学  教育心理学教授

 

センサリー・アウェアネスの日本での活動基盤ができたことを大変有り難く思います。

センサリー・アウェアネスは、固有名詞付きの◯◯メソッドとなることなく、常に地味に継続されてきた生の探求・実践です。この体験学習を、創始者エルザ・ギンドラーは特定の名称さえ使うことなく、「人間の探求」などと呼んでいたことはよく知られています。普段の生とどのように関わるのか、という意味では、意識の探求ともいえるでしょう。

ジュディスさんは、nothing special なものに注意を向ける special なアプローチとう言い方をされます。センサリー・アウェアネスは、特別な体験に焦点をあてたり特定の技法を訓練したりするものではありません。日常の体験にただ注意を向けるという点で は”nothing special”なのですが、余計な計らいなくただ在ることで直かに世界と出会うことのできる、とても”special”なアプローチとも言えます。ジュ ディスさんが”This is nothing special, but very special”と言うとき、そういう意味合いが込められているように思います。

科学とテクノロジーに席巻され互いが分断されてしまった現代に、これほどまでにシンプル
なアプローチで「生き物」である自分(我々)を再発見できるのは奇跡的とさえ感じられます。神経科学の急速な進歩でそのメカニズムは徐々に解明されてきていますが、関わりの中で生か
されながら丸ごと生きていく、その原初的な歓びは、生身の実践の中でしか識ることはできま
せん。昨今の教育界で強調される「生きる力」というものも、ここに根拠を置かない限り、十
分な力とは成り難いのではないかと思います。

ジュディスさんと最初に出会ったのは 1990 年の春でした。22年経っても、会う度に「ひろ
きさん、シュギョウがたりません」と言われるのは困ったものです。故・伊東博さんと片桐ユ
ズルさんが、初めてジュディスさんのワークショップを日本で行ってから四半世紀でしょうか。しばらく「人間中心の教育を現実化する会」が継続開催していましたが、1998年からは、僕を含めて村川治彦さんや伊地知裕子さんほか数名が、何とかバトンを繋ぎながらここまで来ました。その間、日本にセンサリーアウェアネスの基盤をという思いはそれぞれに持ちながら、しかしそれぞれの本業の多忙のなかで結局実現しないままでした。この度、ようやっと実現したのは、齊藤由香さんと杉田ともさんの超人的な努力の賜です。心から御礼と御祝を申し上げます。とともに、この地道な生の探求・実践をどのような境遇の方とも一緒に進めて行くことができますよう、関係各位のご高配と御協力を今後ともどうか宜しくお願い致します。

 

智子さん
杉田とも
Tomoko Sugita
フェルデンクライス・プラクティショナー

「センサリーアウェアネス」という言葉を知ったのは1990年。

仕事で「人の話を聴くとはどういうことなのか?」を探っていた私が、当時通っていた(財)日本カウンセリングセンター(東京・目白)でのことでした。隣のクラスで、故伊東博先生の『センサリーアウェアネス』が開催されていたのです。

それから20年の時を経て、このワークを体験する機会を得たことに、何か深いつながりを感じながら、本来出会うべき何かに“遠回りした”ような感慨深さも抱いています。

’80年代より野口三千三氏に野口体操を、竹内敏晴氏に竹内メソッドを学び、そして今フェルデンクライスメソッドの教師としてワークをしている私にとって、原点ともいえる“人間のワーク”に出会えたことは、かけがえのない喜びでした。

センサリーアウェアネスは、自分の内側で感じられる感覚への、徹底的な気づきをとおして、豊かで、ダイナミックな“今を生きる、たしかな動機”をわたしに 与えてくれます。このような経験を多くの方に体験していただけたら、こんなに嬉しいことはありません。コルテス島で共に学んだ由香さんの真摯な熱意におさ れ、今こうしてセンサリーアウェアネス・ジャパン設立へといたったことに、大きな喜びと感謝を感じています。

末筆になりましたが、この場を借りて日本でのセンサリーアウェアネスの道のりを、熱意と誠意をもって丁寧に紡いでこられた諸先生方に、心よりの感謝申し上げます。

 

【アドバイザー】

さあさん写真
澤口裕二
Yuji Sawaguchi
士別市立病院 療養病棟担当医師 診療部長

医師として体の動きの悪くなった方が自分の動きを再発見することをおてつだいしています。
仕事の中で、自分自身の行っている動きを「感じること」「気づくこと」の大切さを知りました。

2005年にジュディス師のセンサリー・アウェアネスのワークショップに参加しました。
初日に「何なんだ?!この理解不能な人々は!」と思いました。右手を挙げたり、歩いたりして、
何度も「今、何を感じていますか?」と問われるのです。神秘体験セミナーかと思いました。

しかし、普段注意していないことに意識的になり、触れたり、見たり、嗅いだりできることに
気づきました。わたしは、今、自分のいる世界からいろいろな刺激を受けていたのです。しかし、常識や先入観にとらわれていたために、神経生理学的に脳に伝えられていた情報を無視して
いたのです。頬に当たる風のながれ、視野の端に写る風景、話し声の中に混じるエアコンの音、
食べ物がのどの奥を通るときの味を感じていることを思い出しました。ジュディス師は「自分
が感じることを許してよいのです」と表現していました。そう、わたしは自分が感じることを
許していませんでした。それが、自分のやりたいことを邪魔していました。

ワークショップの最終日に「ここで体験したことを、毎日の生活で続けてみます」と約束し
ました。そして続けました。自分が周囲から守ろうとして作っている筋肉の力み、相手を変え
ようという精神的な力みに気づきました。自分がそのような力みを捨てると、患者さんも力ま
なくなり動けるようになっていきました。1年後には、わたしは、こどものように、感じるま
まに隣の人と一緒に動けるようになっていました。

そうして、私にとって、センサリー・アウェアネスは、まったく神秘的なものではなく、単
に「今、ここにあるものを感じて、それに基づいて思考し行動する」という自然な態度となり
ました。

この自然な態度が身についてくると、「将来、過去、永遠の愛、絶対、神、真理、善」という
抽象的な概念に頼らなくなりました。もし、世界中の人が同じようにできれば、宗教・文化の
違いによる対立も戦争もなくなるでしょう。センサリーアウェアネス・ファウンデーションは
そのように主張しています。

センサリーアウェアネスの創始者エルザ・ギンドラーは、「人間の持っている機能をすべて
使い生きていること」を “ normal ” と表現しました。わたしは日本語で「まとも」と翻訳して
います。わたしは感覚に気づき「ちょっとだけまとも」になりました。
センサリーアウェアネス・ジャパンの理事として、多くの人が「今よりちょっとだけまとも
になる」ことをおてつだいしたいと思います。

 

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黒田有子
Yuko Kuroda
エサレンボディワーク・プラクティショナー

私がセンサリーアウェアネスに出会ったのは2007年の夏。そのときご縁をいただいていたゲシュタルトセラピーのグループの一員として、カナダ・コルテス島でのワークショップに参加させていただいたのがきっかけでした。

その時は正直なところ「センサリーアウェアネス」が何であるかはなんにも知らず、ただカナダへ行くのは楽しそうだなぁ、だとか、直訳の「感覚の気づき」というワークが何なのか興味があったこと、なによりゲシュタルトの先生が連れて行ってくださるということはきっと勉強になるんだろうという、本当にお気楽な考えでついていったようなものでした。

そこで初めてお会いしたジュディス先生、そしてこのセンサリーアウェアネスのワークの魅力に惹きつけられてしまいました。

なにかの目的や成し遂げたいものがあって、センサリーアウェアネスを続けてきたのではありませんでした。なんだか良くワカラナイけど、だからこそ毎年ワークショップへ参加しつづけてきました。そしていつのまにか私はエサレン®マッサージのプラクティショナーになるという、人生の大きな転機に飛びこむことに。その選択をした自分を誇りに思います。

最近になってようやく、ワークショップに参加するごとに「ああ、やっと私はこのワークの入口にたどり着いたような気がする!」と思うようになりました。センサリーアウェアネスとともに人生を歩む旅路を、これからも楽しんでいきたいと思っています。